八丁堀 居酒屋が主力の企業が本格参入
Tが「涙を飲んで米国の法律の慣習に従わざるをえなかった」と訴えるなら、和解にいたるまでの情報を全面公開すべきだろう。
TとW・R弁護士の双方の名誉のためにも、である。
大企業を訴えるのに適した場所話を戻す。
「Tに対して、あなたはニューョークでも東京でもなく、ここボーモントの連邦地裁で訴訟を起こしましたね。
その理由は何だったのですか」と。
「サンフランシスコやニューョークの弁護士も、自分が居住する地区の裁判所で訴えを起こすことがよくある。
私はポーモントに家族と住み、弁護士業を営んできた。
「大企業の一部に、ボーモントの町には海賊でも住んでいるような印象を広めているところがあるのも承知している。
従業員や消費者をなおざりにする大企業を訴えるには、たしかにボーモントはいい場所だろうね。
公平な陪審員も揃っているし、彼らはつねに何が正義かを考えてくれる。
企業が敗訴した場合、かなりの金額が科せられるのも事実だ。
そもそもボーモントは、TやM(両社とも米国の石油メジャー)が当地で生まれたように、石油産業とともに発展してきた。
今から一○○年前、石油で資産を築いた家庭は子息をHやIなど名門大学へ入学させた。
彼らの多くは弁護士資格を取得し、ボーモントヘ戻って来る。
当時は製油所の事故や労働争議も頻発し、会社の一貝任をめぐる訴訟も多発した。
そこから弁護士と訴訟の町ボーモントという印象ができていった」と。
従業員は教育程度が高く、公平なことで知られる。
よって、私がここの連邦地裁で訴訟を起こしたのは不思議でも何でもない。
しかし、ボーモントで訴えを起こされたことを知り、T幹部が顔面蒼白になったのも事実です。
というのは、ここの連邦地裁は大企業に厳しい判決を下すことで知られているからです。
「では、ボーモント地裁がTなど大企業にアンフェアだとするのは根拠がないと言うわけ」「大企業から社会的弱者を守るための訴訟だったわけですか」と。
「その通り。
当時、優秀な弁護士は会社側についていた。
そちらのほうがカネになったからね。
しかし、法廷を構成する陪審員は皆、製油所や化学工場で働く労働者たちで、彼らも会社から不当な扱いを受けていた。
いくら会社側が弁明しようとも、陪審員をごまかすことはできない」と言う。
ここでボーモント連邦地裁の「公平さ」について、なぜしつこく聞いたかと言うと、和解金を支払った理由の一つとして、Tが「ここの陪審裁判は大企業に不利な評決となる例が多い」としているからだ。
かりに裁判で、T製品に欠陥はなく苦情も来てないと主張しても、陪審員を構成する地元ですね」と。
「(しつこいと言った表情で)そうだ。
ここの陪審員は原告と被告の証言に耳を傾け、公平な評決を下してきた。
しかし、もしT製品に欠陥があり、会社が承知していた内部文書が存在し、それを隠蔽する行為があった場合、彼ら陪審員はそれに相応しい判断を下すまでだ」。
Tのような巨大企業が震え上がるボーモントとは、いったいどんな町なのか。
テキサス州南東部のボーモントは、南にメキシコ湾、東のサビーン川を渡ればルイジアナ州という位置にある。
人口は二万七○○○、典型的な南部の田舎町である。
住民の態度も実に友好的で、レストランやホテルの従業員もごく自然に笑顔を交わしてくる。
なかには「日本人と会うのは初めてよ」とわざわざ話しかけてくる若い女性もいる。
町中も概して清潔で、ニューヨークやロサンゼルスのような大都市とは大違いだ。
こんな善良な住民をなぜ、大企業は恐れ、忌み嫌うのか。
その答えは、町の郊外にある巨大石油コンビナートを見た時に分かった。
ここは今から一○○年前に大油田が発見され、世界のエネルギー産業を支配する米石油メジャー発祥の地なのだ。
一九○一年一月一○日、町の郊外のスピンドルトップという丘の上で大規模な油田が噴出した。
採掘者は海軍大佐のA・R、その二年前から悪戦苦闘した末の大発見だったのだ。
住民は大企業=悪と信じ込んでいる。
どんなに論理的に反論しても被告に勝ち目はないという。
世界の石油産業の歴史を描いた、D・Yの『S』(九二年度ピューリッツアー賞受賞)に、当時のボーモントの様子が登場する。
「油井の噴出量は一日あたり五○バレルどころではなかった。
一日七万五○○○バレルにも達したのだ。
ボーモントの町でも噴出の音がはっきり聞こえた。
この世の終わりの音と受け取る住民もいた。
(中略)町は観光客、財産目当ての一発屋、商人、石油労働者などであふれかえった。
(中略)ボーモントの町の人口は一万からわずか数ヵ月で五万人に膨脹した」と述べている。
こうしてボーモントは一夜にして、国際石油産業の中心となり、M、Tなど巨大企業が生まれていった。
しかし、それと比例して多発したのが油田や製油所の事故だった。
事故で大火傷を負った労働者は会社に補償を求める。
しかし、東部から来た財閥や資本家は雀の涙ほどのカネしか渡さない。
要求を通すためストライキを起こすが、会社の雇った警備員に弾圧される。
そんな時、地元住民の代理として会社側と闘ってくれたのが、W・Rの先輩にあたる南部出身の弁護士たちだった。
地元のB・E紙の記者はこう説明した。
「この町では正直言って、ビッグ・ビジネスは信用されていない。
劣悪な労働環境やストライキ弾圧など、皆、一○○年前に石油会社から受けた扱いを忘れていないんだ。
彼らの深層心理にある大企業とは、J・Rに代表されるR・B(泥棒成金)なのさ。
日本の会社と労働者はもっと協調路線だと聞くが、ここでは、あまり組織を信用しない傾向がある。
たとえば、私たちが毎日曜日に教会へ行っても、組織として教会を信用しているかどうかは別問題だろう。
それと同じだ」と。
一○○年前、米国の片田舎で産声をあげた石油産業は、T、Mなど石油メジャーを生み、またたく間に世界を席巻した。
しかし、それは同時に、ボーモントの町で資本家と労働者の深刻な対立を生み、ビッグ・ビジネスへの抜き難い不信感を醸成していった。
R弁護士とのインタビューを続ける。
全米の弁護士のなかでも、彼を傑出した存在たらしめているのが、その強力な政治力と巨額報酬である。
かつてK政権が、九五年一月から翌九六年二月の間に、四七七名の大口献金者を大統領専用機エア・フォース・ワンなどに招待したことが明らかになった。
ちょうど九六年の選挙キャンペーン期間中だ。
大統領専用機への招待は、米政界では、支援者への最高のサービスとされる。
機内のVIPラウンジでくつろぎ、到着した空港には地元の名士が勢揃いで出迎える。
親から子へ、子から孫へ、巨大資本への恨みは語り継がれていく。
そして、その子孫が陪審員を務めるボーモント連邦地裁は、いつしか、大企業に異常なまで厳しい目を向けていく。
その最中に起こされたのがTパソコン訴訟だった。
米国の片田舎のドラマが、一○○年後、とてつもない司法リスクとなって東芝に襲いかかったのは、歴史の皮肉としか言いようがない。
そして名だたる実業家、著名人と並んで、K大統領に招かれた一人がW・R弁護士だった。
彼は、「民主党への大口献金やエア・フォース・ワンヘの招待から、あなたは非常に政治力の強い弁護士と呼ばれてますね」と話す。
それに対し、その通りだと答えるべきだ。
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